ぶたびより

酒を飲み、飯を食べ、文を書き、正解を生きたい

スギ花粉、受容と共感

 こんなにも快晴だというのに露天風呂から見える近くの山が霞んでいる。花粉症の季節が来た。

 学会のため金曜日からお休みをいただいていた。このタイミングで丁度電子カルテの更新作業が入るのために救急外来は全てストップしている。更新してくれと頼んだ覚えは別にないのに、一体誰が何の権限で行ったのだろう。ともかく外来は完全ストップしているので、新規に患者が入ることはなく、基本的には落ち着いているはずだ。

 家にテレビを置いていないせいでテレビをみる習慣が全くなくて、先日空港で久しぶりに見たら世間はCOVID-19の話題で持ちきりのようだった。どうにもワイドショーの類には神経を逆撫でさせられる。感染症専門家vs市民代表みたいな構図がいけてない。ここは戦うものではない。市民代表がお気持ち主義のゼロかイチかの話をしていて不愉快であった。若い人でも死ぬことはあるんですよねとか、受診や検査の域値は下げて欲しいとか。まあ若い人の死亡だってあるにはあるけれどそれは可能性の話だからな、我々が風邪薬をのんでTENになって死ぬ可能性だってあるし、CT撮る時の造影剤でCPAになる可能性もあるわけだ。悪い転機となる可能性だけでなくて、スクリーニング・受診域値を下げすぎることのコストやデメリットの話も併せてしなくてはいけないのにお気持ち主義者は自分のお気持ちの納得と決まったゴール(検査や受診をしたい)にのみ興味を持ってしまっていて、論理的な正当性には興味がないので議論が成立しないのである。多くの場合において安全だといくら理詰めで言われても、ゼロリスクでないなら気持ちが許容できないのだ。

 ただこれにアホクサと言うのもやはり違っていて、彼らの気持ちに寄り添いつつも、行為はしっかりと正しいことを求めるスタンスでいかないといけないよなと思う。

 以前、HPVVの時も積極的勧奨の差し控えみたいな微妙なスタンスになってしまったのは、結局お気持ちへの受容と共感をしつつも勧奨は続けるという科学的な正しさを保つことができなかったことに端を発しているように思う。気持ちの受容と求める行為はダブルスタンダード風で良いと考えている。統計的な正しさはとくに有害な事象が起こってしまった時にはn=1を生きる彼(女)にはどうでもよくて、私の人生をどうにかしてくれという祈りしかないだろうし、その思いは正しいと思うの。その点で日本プライマリ・ケア連合学会が出していたHPVVの声明(https://www.primary-care.or.jp/imp_news/pdf/20190115_3.pdf)は良かった。

 以前に貧しいものに残された最後の娯楽が怒りだからね、といった趣旨のツイートを読んでからというもの、僕にはずっとこの言葉が忘れられないでいる。最近はあまり楽しいことについて考えることがなくなった。楽しいことって何でしたっけか。

 対立の構図はどちらの立場にとっても悲しい娯楽になることから、興味をかき立てられてしまうんだ。でもそんな不毛なことはやめてしまいたいよね。

 何かしら有益なことをしたいと思うと身動きがとれなくなってしまう。今日は寝て起きてケンタッキー食べて温泉に入ったら1日が終わっていた。夕陽をみると寂しい気持ちになる。働くことはあんまり好きではないのだけれども、休みの日に1人で生産的な何かができるほどの大層な趣味もない。

 楽しい気持ちになろうとしたら酒を飲むくらいしかなくて、アルコール依存症の人々の気持ちも分かるには分かるんだ、努力しないで幸せになるためには翌朝の二日酔いの気怠さと寿命を引き換えにアルコールを胃に入れて束の間の幸せを手に入れるしかない。

 今日温泉に行ったら、大学生と思しき集団が「この温泉ヌルヌルするな!」「精子ついた手を洗ってる時みたいだ!」「天然温泉だからだよ」「酸性だからだろう、精液も酸性だ、だからAV女優は顔にかけられて肌悪くなって劣化するんだぞ」と話していた。この温泉はアルカリ性単純泉だからヌルヌルするのだ、酸性ではヌルヌルしない。気持ちは分かるよ、ヌルヌルしてびっくりしたよね。

 了解可能なたくさんのお気持ちと闘わず幸せにならなくてはいけない。他人の信念をどうにかしてやろうというところがいけない。彼らは永遠に精液が酸性だと思いながらこの先の60年を生きていくのだ。でもそれで良いのだ。

 表現の自由絡みで中止に追い込まれた愛知トリエンナーレでは難民の数のスタンプを手に押されて部屋に入るとメンソレータムが充満していて無理やり泣かされるという作品があった。(https://aichitriennale.jp/artwork/A30.html)この作品と同じで、スギ花粉は我々個別のお気持ちへの共感と受容を生む現代芸術的装置として働いているのだ。わたしはそんなことはどうでも良いので、パタノール®️点眼液をつけました。