ぶたびより

酒を飲み、飯を食べ、文を書き、正解を生きたい

挿管患者の発熱について

★最後にまとめあり

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 外病院にいる。院内の救急/ICU専攻医もちまわりで勉強会の資料をつくらなくてはいけない。COVID-19もはやっていた関係で挿管患者ばかり見ているけれど、みんなVAP(人工呼吸器関連肺炎)になってしまうのはVAPの診断閾値が低いせいなのか、予防がしっかりされていないからなのかよくわからない。思えば標準的VAP診療みたいなものをきちんとやっていない気がする。挿管患者でWBC/CRPが上がった時に喀痰吸引して細菌がいたら全部VAPなのか何なのだろうか。(半)定量培養でどのくらいの細菌量があれば治療すべき/しないべきといった基準があるのだろうか、またP/Fが悪化したことを以って局所所見ありで肺炎というべきなのか、CAPのように画像所見があってはじめて肺炎でそれ以前は気管支炎として経過観察をして良いのかとか。

 結局挿管されている人の多くは呼吸状態がもともと悪いので、VAPが被ったことでもう一段わるくなるという状況以外にも可能性はある。例えば、何かしら他の感染が被ってベースの心不全が増悪すれば循環動態がくずれて肺水腫から呼吸状態が悪化するだろう。だから原則に則った感染症診療をきちんとやろうと思っても臓器特異的な所見から判断がしにくい状況ではあると思う。(原則的に感染症診療は「どんな宿主の(ICU入室中の、DMの、抗がん化学療法中の、ステロイド内服中の、海外でウォーターアクティビティーをしてきた、など)どの臓器に何という細菌がいる(そして臓器と細菌と宿主は大抵連動する)ので、院内のアンチバイオグラムや培養結果を参考にこの抗菌薬をいきます/ドレナージをします」という流れになる)

 主要なガイドラインを検索した。欧州(Internationalと書いてあるが欧州がメインのガイドラインのようだった)、米国、日本。日本はクソなので購入しないと肺炎診療ガイドラインは入手できない(仕方がないので以前に購入した)。

 

 目の前の膿性痰+発熱/炎症反応高値を来す挿管患者を診たときに、これはVAPなのか? という疑問は常にある。「カテーテル関連尿路感染症(CAUTI)の方です」とERで言う時と同じくらい自信がない。1)の文献の導入部にはVAPの定義が記載されている。曰く、HAP(院内肺炎)は入院48時間以内、VAPも同様に挿管後から48時間以内。VAPは肺炎なので画像検査で肺野に病変を認めなくてはならない。

 臨床医としてのVAPの定義はおそらく上記の通りで良い。しかし、実はVAPの定義にサーベイランス用のものがもう一つ存在する。ここでは画像所見の有無は問われない。サーベイランスするにあたって、それはVAPなのか?? といった微妙な症例(CABG術後でベースの体重から+8kgとかの挿管患者にCXRで「新規の肺炎像があります」ということは難しい)が多いと困ってしまうためにこのような基準なのかもしれない。ただ、この基準についても煩雑で臨床的な実用性には乏しい印象がある。また、dispositionに言及するものでもないようだ。参考までに図を添付しておく。4) このもととなった図はCDC/NHSNのVAPについてのウェブページに記載されている。

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VAE~VAP

 さて、ではもとの話に戻ろう。目の前の挿管患者の発熱/炎症反応上昇+膿性痰をどうするべきかについて、悩むのは菌量がそう多くない時と画像所見がはっきりしない時である。調べて初めて知ったのだが画像所見のないものはVAT(ventilator-associated tracheobronchitis)と呼ぶそうだ。それではそのVATとやらと診断することがdispositionに影響するのだろうか。市中肺炎(CAP)は画像診断があることが前提で、ないものは気管支炎として抗菌薬を投与しないようにとIDSA/ACPも厚生労働省も言っている。VATとVAPと名前を変えたからには何かそこに意味があるはずだ。しかしこの疑問に答える努力をしているのは米国のガイドラインのみであった。

 まず、VATについての定義を確認しなくてはならない、ここにもまた定義が複数出てくる。ある者は言う「挿管患者で画像所見のない膿性痰があればVATです。」 またある者は「挿管患者で画像所見がなく、膿性痰と炎症反応上昇や発熱を伴っているものを指してVATと言います」と。そういうことをやっているからなかなか統一的な見解がでない。まとめると5)

  • VAT定義:被挿管患者の下気道感染で画像所見なし
  • 下気道感染の定義:膿性痰 and/or 全身の炎症反応上昇
  • ICUの被挿管患者の10%以上に発生する

 VATの治療 について1つの非盲検化RCTと4つの観察研究が存在する。観察研究ではさすがに重症な人や治療した方がよさそうな人を治療するだろうから、あまり参考にならないかもしれない

  • 非盲検化RCT:VATの定義→他に認識できる原因のない発熱(38℃以上)、膿性痰、挿管時にいない細菌を含む気管内吸引液の培養陽性、CXR所見が目立たない、の条件を満たす。
  • ICUでの死亡率↓(18% vs 47% ; OR 0.24, 95% CI, 0.07-0.88)
  • VAPへの進展↓(13% vs 47% ; OR 0.17、95%CI, 0.04-0.70)
  • VATの有病率高→すべて治療すると抗菌薬使用量↑で耐性菌↑
  • 結果を踏まえつつもVATを見たら抗菌薬なしでの経過観察を推奨

 なかなか肺炎像がないので治療しませんでした、ということは難しいかもしれないが、そんなに具合悪くなさそうなら選択肢としてはアリなのかなという印象。

 また、VAPの微生物学的診断についてはどのガイドラインでも似たようなことしか書かれていなかった。しかし、治療閾値については唯一米国のガイドラインに侵襲的な検体採取→定量培養を実施した場合の細菌量による抗菌薬投与基準が記載されていた。しかし別に採取方法は何でも良い。何でも良いなら普通の吸引が楽だから良いだろうが、微妙な時には侵襲的な方法を取らざるを得ないかも。挿管患者へのBALはやったことない。気管支鏡は痰詰まりの解除くらいにしかつかったことなくて自信がない。その点でminiBALみたいに盲目的につっこんで、止まったところで洗って検体採取というのはやりやすいのかもしれないなとか思った。これも使ったことはない。

  • 微生物学的診断1)2)3)
  • 非侵襲的方法による採取:チューブを通して下気道から直接吸引。半定量培養3+以上または定量培養10^6CFU/ml以上。
  • 侵襲的な方法による採取:BAL、min-BAL、PSB(検体保護ブラシ? 使ったことがない)で半定量 2+以上または定量10^4CFU/ml以上
  • 侵襲的な方法による検体採取で定量培養10^3CFU/ml以下では治療せずに経過観察可2)
  • 血液培養または胸水と下気道検体の細菌が一致

 診断基準については、CRP、プロカルシトニン、臨床肺感染スコア(CPIS)など気にせずに臨床的に判断するので良いとの記載もあった。2) CPISというのを使ったことがなかった。7点以上でVAPを疑う(感度:73.8%(95%CI 50-89%)、特異度 :66.4%(95%CI 44-88%))とのこと。6)

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CPIS

 また、毎日みているVAPだけど人工呼吸器管理1000日あたり2-16人のVAPがでるとされているらしい。7)8) でもこの数字は体感よりはるかに小さい。挿管患者の半分くらいがVAPになっている気がする。重症度が高くて必然的に挿管期間が長くなるからかもしれない。

 予防についてはエビデンスレベルがまちまちだった。推奨の強いものは下記のあたりだった。4)9)10)

  • (再)挿管を避ける/可能なら非侵襲的換気量法→毎日の鎮静中断、可能なら無鎮静管、毎日SAT・SBT実施
  • 体位(30-45°) 少なくとも経管栄養中は実施を
  • 48~72時間以上の挿管が予測される場合カフ上吸引付き挿管チューブ使用
  • 手指衛生
  • 呼吸回路の頻回な交換を避ける:ルーチンで実施しない、目に見える汚れ・故障があれば実施

そのほか良いかもしれないものとしてCochraneをみていたら、口腔ケア(0.12%クロルヘキシジン、ポピヨンヨード、生食、furacilin→Cochrane databaseより)、プロバイオティクス、ultrathin polyurethan cuff、生食の注入後の吸引、中咽頭/消化管選択的除菌→ただしこれについては耐性菌リスクなどからやらないことを推奨2)

 カフ上吸引付き挿管チューブは普段あまり利用していなかった。カフ上吸引についてのsystematic reviewでは、20のRCTを組み入れ。VAP罹患の相対危険度 0.55(95%CI 0.48-0.63)に低下。VAPへのNNT 9-13。ただし院内死亡/ICUでの死亡は有意差なし。11) もう一つ同じ時期に同じレビューがあり、こちらでも似たような結果でVAP発生率以外には有意差つかず。12) そのほかの挿管チューブ関連でAutomatic control of ETT pressure(適切なカフ圧を勝手に維持してくれてタレコミを予防する試み)では2つのblind(-)RCT でいずれも死亡率は減らせず、一方の研究でVAPは有意に減少はしたとのことでうーんはっきりしない、使っても良いのかなくらいか。13)14) 個別の論文を批判的に吟味する余裕はなかった。ごめんなさい。あとタイピング疲れたので引用文献はPMIDにしてしまった。

〇Take Home Message

●診断治療

・挿管48時間以上で画像所見あればVAPとして治療

・画像所見ない場合にはVATでありケースによっては抗菌薬なしで経過観察して良い

・検体採取方法はふつうの吸引でOKで半定量培養3+以上または定量培養10^6CFU/ml以上あれば診断。それ未満の場合の扱いは微妙。

・結局診断は臨床的に行うことになっているからあなたがVAPと思うならVAPです

●予防

・挿管しないことと早期抜管を頑張る:NIPPVの使用、毎日のSAT/SBT

・30度以上の頭位挙上:少なくとも経管栄養中は実施すること

・手指衛生する、回路交換は汚れるまでしない

・48-72時間以上の挿管時にはカフ上吸引付きチューブを使用

 

1) International ERS/ESICM/ESCMID/ALAT guidelines for the management of hospital-acquired pneumonia and ventilator-associated pneumonia

2) Management of Adults With Hospital-acquired and Ventilator-associated Pneumonia: 2016 Clinical Practice Guidelines by the Infectious Diseases Society of America and the American Thoracic Society

3) 成人肺炎診療ガイドライン2017

4)ICU感染防止ガイドライン改訂第2版

5) Despoina K et al. : antibiotics 2020 Jan 31;9(2):51.

6) Shannnon MF et al. : Intensive Care 2020 Jun ; 46(6):1170-1179

7) Rosenthal VD, Bijie H, Maki DG, et al. International Nosocomial Infection Control Consortium (INICC) report, data summary of 36 countries, for 2004–2009. Am J Infect Control 2012; 40: 396–407.

8) Rosenthal VD, Maki DG, Jamulitrat S, et al. International Nosocomial Infection Control Consortium (INICC) report, data summary for 2003–2008, issued June 2009. Am J Infect Control 2010; 38: 95–104.

9) 人工呼吸関連肺炎予防バンドル 2010改訂版

10) Michael Klompas et al. : Infect Control Hosp Epidemiol 2014 Aug ; 35(8) 915-36

11) Zhi Mao et al. : Clitical care (2016) 20:353

12) Caroff DA et al. Critical care medicine 2016; 44: 830-840

13) PMID 21836137

14) PMID 17452937