ぶたびより

酒を飲み、飯を食べ、文を書き、正解を生きたい

街コン戦記

【症例:26歳 男性】

【主訴】秋風が寒い

【現病歴】朝、iPhoneのストラムの音で6:45に目が覚めた。調子のよい時はこうなのだが、調子が悪い時は悪夢で、あるいは飲みすぎた日などは嘔気で、朝5時に目が覚める。死にそうに眠いのに、妙に動悸がしたり、得体のしれない運命づけられた不幸みたいなものを感じて再び寝付くことが困難になる。季節感に乏しいので先日までコートを着ていなかったが、僕の季節感は地球の公転と当然無縁なので容赦なく朝は冷え込む。夜、暖房であったかいからとパンツ一枚で寝るレオパレスのベッドは、3時間で自動的に切れるデス・エアコンとの合わせ技で殺人的な体感温度になる。毎朝、死体のように冷え切った体を震わせながら、「仕事にいかなきゃ……」とぼやくのだが部屋にはひとりきりなので、返事はない。寒いのは気候のせいだけか、あるいはレオパレスのエアコンのせいだけか、寒い理由をいろいろ考え付くのはそれが本質的ではない理由だからだろう、現実をみておくれよ。玄関を出ると、買ったばかりのグリーンのザ・ビートルが朝日にキラキラと光っている。一陣の秋風が11月を吹きぬけていく。ビートルちゃん、君もきれいなお姉さんを乗せたかったろう、奇遇だね、僕もなんだ。何だか、とっても寒いね。

【既往歴】1個下の研修医を影でママと呼んでいたことが露見し死亡

【併存疾患】慢性鼻炎、脂肪肝注意欠陥多動性障害

【内服薬】五苓散、黄連解毒湯、半夏瀉心湯を頓用

【経過】

11月6日 かつて私が東北圏で生活していたころ、あまりの寒さに暖房だけでは足りずに蒸留酒を暖房がわりにして、あったまっていたことがあった。20代前半だったので当時は何ということもなかったが、アラサーの身となった今、同様のことをしたら肝障害必発である。したがって、温まるために必要なのは、そう、あたたかな女性からの愛、それだけですよ。どうやら医師免許があるとモテるという噂はそこかしこで耳にする。現に、一般的な合コンの類では男性の方がはるかに高い金額を支払わされるのにも関わらず、男性医師と出会いたい女性の集まる会などでは、その参加費は大きく逆転する。そうだ、出会いを探そう。思い立ったが吉日、街コンを検索してみる。街コンとは2000年代に宇都宮で発祥したもののようである。数百人から数千人が出合いを求めてつどい、普段は客の入りが少ない時間帯の居酒屋で行われることが多く、通常は2人一組で行動するのだそうだ。そうか、バトーとトグサみたいな感じですね。近隣の町コンを検索してみるとなんだか沢山出てくる。こんなに数千人単位の人がこの地方都市に頻繁に集結して出会いを求めているんですか、知らかなったなあ。毎週のように数千人が「我が身は成り成りて、成り餘れるところ一處あり。故この吾が身の成り餘れる處を、汝が身の成り合はぬ處に刺し塞ぎて、國土生み成さむと思ほすはいかに」と地響きのように声を合わせて酒をのみつつ練り歩く、そんな地方都市。うーん、すごい、これはすごいぞ。ドキドキしてきた。決戦の日は11/11、独身の日と決めた。インキャなので当然単騎参加である。夜のファミリーマートでイヒッイヒッと笑いながら、7500円を払い込んだ。申し込み席番号1。数百人単位の参加者がいるはずで、もう1週間をきっているのだが、みんなギリギリに申し込むのかな。賽は投げられ、歯車は回り始めた、誰も私を止められない。

 

【methods】

忘れていた、追記

症例報告であっても先行研究に当たらないで書くのは愚である。googleで「街コン 服装」で検索し、上位にヒットした複数のサイトをみると、無難な恰好で、無地のシャツとチノパンあたりが吉である、と分かった、何だいつもの服装ではないか、と思ったが、何となく気合を入れるために職場近くにユニクロで1600円のシャツを買ってみた。また、靴もボロボロのクロックスしかなかったので家の近くのGUで2500円で購入、さらにベルトもないため、最近出てきた腹の圧に耐えるためにも980円で購入した。くっそ、街コン初期投資が思いの他かかるな……。

 

11月11日

14時半から受け受け開始、15時から会が始まる予定であったので、家を12時に出た。当然早く着きすぎてしまうため、近くのマックで時間をつぶす。途中、女子高生が隣にすわったので、すかさずデキル男であることをアピールするために、さっと鞄からNEJMを取り出して、読み始めたが一度もこちらを見てくれなかった。うふふ。照れているのかな。そんなわけないだろう、はあ、死のう。

14時45分という、早すぎず遅すぎずベストタイミングで現着。したはずだった。しかし、私の前にあるのは魚民である、魚民。あれ、街コンって、複数の居酒屋でやるのではなかったっけか。あれ。確認すると、たしかに会場は魚民と書いてある。ひとつのお店でやるので、移動がなくてゆっくり話せます、みたいなことまで書いてある。まあ、そういうものか。まあ、いいでしょう。ゆっくり話すの好き。

こんにちは、街コンですか、とぷくぷくしたあんまりかわいくない声の高い声優崩れみたいなお姉さんが話しかけてきた。はいそうです、インキャの豚です、といつも通りにこたえそうになるのをぐっと抑える。寸止め上手でね。どうやらこのおねえさんがこの会のスタッフのようだ。ふうむ。

「最初に断っておきたいのですが、実は今日の会、参加者が11名しかいないんです」

ふぁっ!!

私のやる気は地に落ちた。どうしてくれるの。誰も私を愛さない。おねえさんは何か言っていたが、遠くで話しているかのように感じる、はあ。いや、いいんだ。飲むよ、わたしのむ、7500円分きっちり飲むからね。

その後、知らない市役所のオッサンとペアになった。登山が趣味だという。最近僕と同じ山にいくつか登っており、一瞬だけ盛り上がりかけたが、オッサンはゲイではないので、あまり私と話そうとしない。そりゃそうだ。

女の子たちのレベルは極めて標準的だった。モンスターみたいなのもいないし、キラキラ女子がいるわけでもない。年齢的には27-30前半といったところ。3人グループで来ている女の子たちは僕の高校時代の水球部の先輩2人と同級生だった。さらにそのうちの一人は看護師さんで、僕が数か月前に感染症内科でお世話になっていた病院で働いており、感染対策の何かのチームの人だった。確実に同じ会議室にいたことはあるはずだ。世界が狭い。これが田舎。

システムは簡単である。自己紹介カードをまず書かされる。男女それぞれが2人ペアとなっている。くるくるとペアで移動していき、すべての女性とお話しをする。基本的に4人での会話となるため、インキャでも会話に困ることは少ない。お互いが会話するときに自己紹介カードをテーブルの前に置く。男性には職業を書く欄があるのだが、女性にはなく、そのゾーンに好きな食べ物を書く欄がある。最初僕はそのことを知らなかったので、目の前に座ったお姉さんがすし職人なのだと思っており、会話がかみ合わなかった。

すごい美少女もいなかったし、人数も少ないしで、あんまりやる気がでなかったので、ネタに極振りした。「医者なんですよね、モテるかどうか確かめたくって。え、尿意ですか、強いです。というのも、五苓散のみましてね、これが尿でるんですわ。今、は、ええと、そうだなあ、93%くらいかな、おなか押します?」「ええ、漢方のむとね、酒無限に飲めるようになるんですよ。ははは」体育会系大学生のようなペースで目の前のジョッキをどんどん空にしていく。目が点になる女性陣。これはわしのゲームだ、そしてわしのターンしか来ない。

5時になった。会は終了。連絡先はスタッフのおんなの人に促されるままに全員と交換した。すし職人と勘違いしていたおねえさんだけちょっとかわいかったので、後で飯にさそったら、いいですね、行きましょうと言われた。ええやん、ええ。しかし、店を提案した後から既読スルーになったので、もういいや。7000-8000円くらいのすし屋、ちょうどよいと思うんだけどね。

11月も終わりに近づき、近所の公園の木々も落葉して、なんだか冬らしくなってきた。そろそろスキーのシーズンですか。まただんだんと寒くなっていきますね。