ぶたびより

酒を飲み、飯を食べ、文を書き、正解を生きたい

冬の小さな雪深い村へ

都会からの潤沢なスキーマネーによりきれいに除雪された国道沿いを北東に走っていくと家が少しずつ疎らになっていく。途中で峠にぶつかり、そこで完全に関東平野から続いてきた町は途絶える。トンネルを二つくぐり、温泉街を抜けてさらにしばらく車を道なりに走らせると雪深い集落が現れる。関東平野のどん詰まりの特別豪雪地帯に指定された村に到着する。特別豪雪地帯という物々しい名前とは裏腹にきれいに青く澄んだ高い空の下で木々に降り積もった雪が解け始めて滴っており、なんだか春先みたいな気分になってくる。新しい土地、新しい出会い、新しい研修、わくわく。

診療所も一応民医連系列なのに診療所を建てたのは村である。極限の環境で人はイデオロギーの対立を放棄する。生存の問題の前に多くの問題はあまりに小さい。診療所の建物は古いながらもしっかりした鉄筋コンクリートの二階建てである。2階には小さな会議室と系列病院の人がスキーなどに利用できる福利厚生目的の6畳間が1つある。僕に与えられたのは、診察室1つと、この6畳間である。インキャな私の数少ない趣味がスキーであり、ここに宿泊して仕事終わりにナイターに行くためにこの時期にここで研修をすることにしたのは言うまでもない。

診療所の窓の外にはちょっと不自然なくらいに頑丈そうな鉄格子がある。暴れる認知症老人の脱走を防ぐためではないらしい。冬の間、屋根から落ちる雪が窓の外で壁を作る。一定以上の高さになるとちょっとした風で雪の壁が倒れてくる。以前そうやって窓ガラスが砕け散ったとのことで、想像の絶する世界だなと震える。

昼休みが2時間弱あることが助かる。人間的な食事をするのに1時間は欲しい。診療所から道の駅まで歩いて30秒である。道の駅には併設のレストランがあり、名物をそれなりの値段で提供してくれる。僕の今日のごはんは地元のマイタケの天ぷらと県内産の豚丼であった。美味。レストランから見える2000m級の山々がきれい。スクラブの上にコートを羽織って、むしゃむしゃと食べていた。天ぷらの上に無料のネギを狂ったようにかけていたので身バレをしたらクビになるのであろう。誰も私をみないでいてくれたらなと思う。

小児から100歳前後の高齢者まで、慢性疾患の長期管理から検診異常・急性の感染性疾患までを診る、放射線技師はいないので自分でレントゲンの条件を決めて撮影する。そのほかあるのは心電図とエコー、インフルとアデノの溶連菌の迅速検査くらい。血液検査は血算、CRPHbA1c、PT-INRしか分からない。限られた条件の中でトリアージと長期予後の改善や最終的には患者幸福度の最大化を目的とした慢性疾患のコントロールを行わなくてはいけない。食事指導や減酒指導もした方がいいけれど、別に人生観によってはいいんじゃないの、みたいな層の話から、エビデンスがどうなのという層の話をするための勉強が求められている。自分は診療所に興味がないタイプの人間かと思っていたのだけれど、存外そんなこともないみたい。結構楽しいです。

昼休み、ナイターに行くんですよ、と話していたら地元の事務や看護師さんたちから、平日はナイターやってないよとご教示していただいた。ありがとう、みんな、ありがとう、スキー場に行って絶望するより5万倍良かったです。さようなら、僕の夢、さようなら。その後近所にあるおいしい定食屋さんなどが書かれたパンプレットをもらった。ここはちょっとしゃれた店だね、と紹介してもらったところに「おねえさんと行くタイプの店」と書いたら、「おねえさんと行くんだね」「お姉さんいるの」「違うよ、これはギャルって意味だろう」

わたし「」(ぎゃる)おそらく予想は外れて、僕はギャルとデートすることは一生涯ないだろう。どちらかというと丸の内OLとデートしたい。けれど、そういう話をすると、悪い人がアラサーの丸の内OLなんて、パパ活とか散々してきているし、清楚華憐な君の考えているような乙女じゃないよと諭すんだ。

なかなか予想通りに物事は進まない。予想外に雪で窓は割れるし、診療所研修は楽しそうで、ナイターにはいけないし、丸の内OLはパパ活で汚れているのかもしれない。アテが外れることもあるなかで、楽しく生きていけたらな、と思う。明日こそナイターに行こうと同期氏と会話していたところで、明日の夜には新年会があることを思い出した。まあ、新年会楽しそうだからいいや。わあい。ADHD氏、スケジュール管理がザルなので想定外の日々を送ることを強制されている。