ぶたびより

酒を飲み、飯を食べ、文を書き、正解を生きたい

街コン:地獄篇

introduction

街コンについては先日記事に書いた通りである。私は絶えず尿意の話をして、五苓散をビールとともに飲んで女性陣をドン引きさせた。帰り道、落ち葉の舞う駅から家までの7kmを歩きながらなぜ自分はこんなことをしているんだろうとひどく悲しい気持ちになった。冷えた空気に夜空は澄んで冬の星々がきれいだった。

自然科学にかかわるものの端くれとして、やはり実験は一度だけで終わってはならない。再現性を追求したり、改善点について仮説をたてて検証することが大切であるし、そうするように教育されてきた。私は私の受けてきた教育を裏切らない。

さて、反省点は複数ある。まず、単騎参加であったこと。これにより、知らないオッサンとペアを組まされゲイっぽさを演出してびびらせることに成功したが、そんな生産性のないことやっていてはいけない。最終的なアウトカムは美少女と交際することである、そんなくだらない遊びに成功したところでプライマリーアウトカムに何ら貢献しない。

次に、男性参加者の年収が300万円以上であったことである。年収が参加条件に組み入れられている方が、男性もそれなりに落ち着いた人が来るだろうし、女性側もそれなりに安定した男性を望んでいると予想したからだ。けれども300以上では僕の強みを生かせない。僕の強みは生涯年収の期待値である。したがって、収入についてより厳しい参加条件の街コンを検索することとした。以上二つを持って臨むことで、より実りある臨床試験が組めそうである。

methods

僕は近所で働く、学生時代に彼女に振られてから(振ってから?)浮ついた話がなく、ICLSコースで仲良くなった熟女が子持ち人妻だったことに落ち込んでいた研修医氏に声をかけることにした。これでファーストステップはクリアである。次に、条件にあった街コンの検索をしなくてはならない。11月から12月にかけて行われる近場の街コンのうち、最も収入の条件が厳しいものを選択して参加申し込みを行った。この時点で参加番号1番であり、このことは参加者が少ないことを示唆するのでまた失望しかけてしまったが、街コンというものは大人数で飲むものではない、と前回知ったので、そこまで残念な気持ちにはならずに済んだ。経験は大切である。

result

決戦の日、集合の2時間前に集合してスパゲッティランチをほおばりながら、作戦を練る。「職業の欄どうする?」「医療関係と書くのが無難なんじゃないかな」「かわいい子いなかったらどうする?」「ゲイの設定でお互いに指名しあって、カップル成立です、とやってビビらせてやろう」「かわいい子とうまくいったら?」「反省会はなし、そのまま女の子と飲みに行こうじゃないか、4人でも良いし何なら解散して各自でも……」「ところで場所だけど」「場所」「これ飯屋とか居酒屋じゃなくて会議室だと」「かいぎしつ」「よく見ると、婚活って書いてある」「こんかつ」「これはガチなやつでは」「がちなやつ」

小学生時代にポケモンをやっていたころ、四天王戦などで負けると目の前が真っ白になったと表示された。そういう比喩があるんだなと思った。そして所持金は半額になる。そして今日、スパゲッティランチをほおばる僕の顔から血の気が引いていく、比喩でなく目の前が真っ白になる。財布を確認するが所持金は減っていない。なんだか周囲の世界に現実感がない。僕は一体どうなるんだ……。

震える手でザ・ビートルちゃんのハンドルを握り指定された会場につくと一階では何かのイベントが行われており、気が狂うほどの大音量で音楽が流れている。椅子が置かれているが、数人が耳を傾けているだけで、他の人は目もくれず足早にエレベータに乗っていく。この場にいると、うるさくて会話もままならないし、何だか焦燥感に駆られてよくない。会議室は4階である。僕もエレベータのボタンを連打して、会場に急ぐ。

エレベーターを降りてもなお、4階なのに1階からの音楽がくぐもった音で聞こえてくる。何だかメンタルがよくない。隣の研修医氏の顔も青白く、瞳孔は大きく、呼吸は早く、不穏である。カテコラミンリリースだ。この段階でqSOFA2項目陽性なのでとりあえず血培を2setとった方が良い。(ちなみに感染を疑った時にqSOFAを使うのであって、婚活パーティーに間違ってきてしまった人に対してqSOFA陽性なのでというのは当然クソだね、これ国試出るからね)

「とりあえず、まだ時間が30分ある、とりあえず様子見といこうじゃないか」エレベーターホールから少し離れて、会場へと向かう人の流れが見える場所に陣取る。さて、どんな人が一体参加するんだい。

明らかに50歳近いおばさんが一人、まさか参加者ではなかろう、えっ、いや、入った、入ったぞ、きっと運営側だよね。30代ほどの雪だるまにそっくりなおねえさんが一人、これは参加者に違いなかろう。20代ほどのそこまできれいじゃないけれど、まあ普通のお姉さん、40代くらいの白髪交じりのおっさん、50代近そうな坊主頭のオッサン、あああ。心を決めよう、いつまで待っても状況が好転するとは思えない。何だか体調が悪くなってきた。空間全体がここはお前の居場所じゃない、という敵意を持ったメッセージを明確に発している。空間が敵意を持つ瞬間が存在するなんて、僕はこの時まで考えたこともなかった。

意を決して、受付にいくとおばさんにプロフィールシートを渡された。「年収の明記された紙か社員証はお持ちですか?」「ないですが、名前ネットで検索すると僕の名前日本に一人しかいないのですぐ特定できるし職業も所属も一発でわかります」「いえ、社員証をお持ちいただかないと」わたしは重度のADHD氏なので、社員証が必要なことなんて知らなかった。隣の研修医氏はすっと取り出してOKをもらっていた。健常人すごいな。仕方ないので医籍の番号を教えてOKしてもらった。厚労省ウェブページで探してください。

中に入ると、何というか、こう、空気の密度が高い。高圧酸素室に入った時でも感じなかった感覚である。一呼吸ごとに肺に重苦しくのしかかるこの空気は何だ。参加者たちはみな窓の外を見つめたり、携帯をいじったりして、落ち着かない様子である。だれも、お互いに会話しようとしない。異様な空間である。

参加者は10人だった。ドタキャンが2人いたらしい。重苦しい空気の中プロフィールシートを埋めていく。職業、医療関係、年収うん百マン、好きな映画GATACA、リベリオンザ・レイド、アジョシ、最近みた映画、カメラを止めるな、趣味、映画鑑賞、トレッキング、スキー、休日、日曜日、理想の女性、知的で食事の趣味が合う人。準備は万端である。この段階で周囲を見てみると、20代かなと思える人は僕ら2人を除くと女性2人だけだった。うへえ。15時となった。

時は来たれり。心の中で開戦の銅鑼が鳴り、不自然なほど突然に同時に部屋中で会話が始まる。5人の女性と順番に話していく。

①40歳 女性

主訴:結婚はいい人がいたらしたい。

へえそうですか、と相槌を打って終了。

重症感あり当院での加療は困難と判断。

転院搬送の方針とした。

②30代 女性

主訴:結婚はいい人がいたらしたい。

全身外観:雪だるまに似ている。

E4V5M6

精神的に明らかな問題は感じないが、出会いがないのは全身外観の問題であろう。職場のせいにしてはいけない。帰宅、有事再診。

③20代女性

主訴:結婚はいい人がいたらしたい。

全身外観:目じりが紫色

何となく紫色っぽかったのでチアノーゼ性先天性心疾患でもあるのかと思ったが、唇とかの色は正常。地銀で働いているとのこと。精神的にも普通で、明らかな発達の異常はなさそう。容姿も普通。ボードが好き。

年齢も近いので、気が向いたら再診を。

 

③30代半ば女性

主訴:そろそろ結婚したい。

全身外観:子持ち人妻感がある。

趣味は洋服づくり、研究職らしい。

当科的に加療する適応はないかと思います。

貴科での治療を継続していただけたら幸いです。

 

④40代半ば女性

主訴:切実に結婚したい

全身外観:魔物

精査希望とのことでご紹介いただきましたが、全身状態不良であり、いずれにせよ根本的治療が難しいから精査の意義に乏しいと思われます。また、ご本人のことを考えても、判断力が正常なうちにご家族と今後の方針を話合うべきかと思いますが、いずれにせよ緩和的治療が主体になるかと思われます。また何かあった際にはご紹介いただければと存じます。この度は患者様をご紹介いただきありがとうございました。

⑤30歳 女性

主訴:結婚って何なんでしょう

全身外観:明らかなmental statusの異常を感じるが、普通にかわいい

平素よりお世話になっております。性格は自由とのことですが、自由と何かをはき違えているのではないでしょうか。脊椎疾患が併存症にあり仕事を休みがちなせいで、辞職に追い込まれたとのことですが、本当にそれだけでしょうか。いずれにせよ、原疾患のコントロールが不良であり、入院での加療が困難な状況です。入院可能な状態になりましたら再度ご紹介いただければと存じます。この度は患者様をご紹介いただきありがとうございました。

 

会話が終わると第2希望までの人に脈ありカードを書けと言われた。紫おめめとメンヘラ自由ちゃんにとりあえず送ったが、メッセージは何を書いたらいいなよくわからず、先っぽだけでもどうですか、と書こうと思ったけれど、訴えられたら普通に負けるのでやめた。何も書かずに番号だけ書いて提出。

5分ほど待たされると、女性からの脈ありカードがやってくる。魔物と雪だるまと紫おめめの3人からもらった。マトモなフリをするとどうやら女性への印象が悪くないらしい。へえ、やっぱり初対面でちんぽサイズの話はしない方がいいんだ。勉強になります。

しかし最後にもう一周全員と話すことになっている。とはいえ、先ほどの一周でわしは治療方針を決めている。再診しなくて良い人ばかりである。紫おめめは有事再診を指示してあり、わしの再診希望だったので普通に再診した。他は疲れるので普段の初診外来の気分で無のまま終わらせた。メンヘラ自由ちゃんはカード5枚もらっていたので、モテモテであった。

最後に第三希望までを書かされる。最大多数の最大幸福となるように主催者がそのカードを見て、カップルを発表する。僕は3人どう考えても選べないので、紫おめめとメンヘラちゃんだけにしておいた。

 

結局、僕の友人は30代半ば人妻風、洋服づくりの人とカップル成立になっていた。僕は収穫なし。メンヘラちゃん自身がたぶん誰をも第一希望に書いていなかったのだと思う、最後となりの席だったのだが誰とも成立せずに「結婚とは?」とこちらに訊きながら部屋を去っていった。紫おめめは謎の30代半ばのオッサンとカップルになって部屋を出ていった。ふうん、と思いながら一階に降りた、音楽会はとうに終わったようで、静かなロビーになっている。トイレの前でうんこでもして時間つぶすかなと思って待っていたら、連れから「第3希望まで書かないといけないっていうから、残り若い二人の他にはあの人しかいなくって書いてみたけれど、うわあ」とラインが来ていた。強く生きてほしい。二次会にはいかなかったようで、一階のトイレ前で落ち合って反省会をすることにした。

会場近くにある肉バルに行くはずが日曜日だったせいで定休日だった。仕方なく、大学病院近くにあるマイナーな定食屋でビールとカキフライと餃子を食べた。店主のおっさんは料理をつくり終わるとこたつに入って煙草をふかし始めた。カキフライはおいしいかった。まわりの世界がゆっくりと現実味を帯びてくる。リアルなたばこの香り、リアルなカキフライのおいしさ、のどを流れるビールのつめたさ。きっと僕は婚活パーティーというこの世とあの世の境目みたいなところに魂だけになって行っていたんだと思う。あれは一種の臨死体験だった。もう当分やらなくていいかなと思う。反省会の結論は好みの子がいないなら、何を言われても希望人数を埋めないでカードを提出する、に決まった。宗教的体験をしたのにも関わらず、得られた教訓はあきれるほどに世俗的で何だか悲しい。

婚活地獄めぐりを経た私は少し立派になれただろうかと自分に問いかけながら、おいしく男二人でビールをのんで二次会もせずに夜は八時に床に就いた。

Discussion

婚活パーティーが地獄めいていたのは、参加者が地獄の住人めいていたからに他ならない。誰からも愛されない自分、という救いのない思いを窯で極限まで煮詰めたどろどろとした精神が、肉体にまでじわじわとしみこんでいくと、あのような表情、顔かたちになっていくのだろう。私ひとり、まるで冷やかし参加かのように、この地獄から遠ざかって無関係の観測者ぶることは許されない。私もまた一呼吸ごとに自らの愛されなさを見つめて、煮詰めて、煮詰めて、少しずつドロドロとした魔物に近づいていくのを感じている。私が生きているのは本当に現実なんだろうか。