ぶたびより

酒を飲み、飯を食べ、文を書き、正解を生きたい

学会の話

 金曜日の朝5時、まだ空けやらぬ空をすし詰めの羽田行きのマイクロバスから眺めながら出す吐息は酒とゲロの臭いがする。学会で福岡に行くのだ。

 前日は当直明け、3時と4時に軽症患者が来院してほとんど寝られず研修医がイラついていた。ウトウトしながらカフェインをどかどか入れて夜6時には仕事を終わらせて病院を出た。自宅のスーツを発掘して新幹線で東京に向かう。途中でワンカップを飲みほろ酔いでいたら電車を間違えて羽田近くのホテルに着いたのは夜10時くらいだった。京急を初めて利用した。降りた穴守稲荷駅はどこか都会らしくない街並みで怖くない。漁師のおっさんのやってる居酒屋でアサリの天ぷらなどを食べたがカフェインで胃がやられておりホテルに着いたら胃袋をひっくり返したみたいな嘔吐をして泥のように眠った。飲み屋のおじさんはロシア美女の口説き方についてフェミニストがブチ切れそうなことを話していた。

 今回は病院総合診療医学会という小さな学会で、日本プライマリケア連合学会よりも病院総合診療よりの会、診断学とかそっち系が好きな人々の会だ。発表するのに面白そうな症例がいくつかあったのだが、一つは何故か先日糖尿病学会の地方会で合併症のセッションで発表してしまった。2つくらい他にもあったが研修医にあげてしまったので私のもとには症例は残らなかった。それでも何とかして福岡に行きたい私は診断エラーのセッションで出せるものを探した。診断エラーは臨床をしていれば絶対に経験する。誤診をしない人間はいないのだ。学会発表はしたくないけれども、九州には行ったことがないから一回くらい行ってみたかったので以前に誤診した症例を選んで載せた。

 しかし診断エラーを発表するというのは非常に難しい。えっ誤診を人前で話すんですかみたいな精神的なハードルは勿論のこと、ある診断エラーについて分析的に話すことは可能だけれども、それで誤診が減るかというとパッとしないという点もモヤっとする点ではある。エビデンスには乏しい領域だ。だからある一例の誤診を人前で発表することにどれだけ意味があるのかは分からない。ただ今までに一度も診断エラーについて勉強したことのない人が聴くと多分勉強にはなると思う。以下に貼り付けた論文あたりが診断エラーのレビューで、我々の臨床推論がどのようにされていくのかとか、そこにどんなピットフォールがあるのかとかそういう話が書かれてある。(https://qualitysafety.bmj.com/content/qhc/22/Suppl_2/ii58.full.pdf)(https://qualitysafety.bmj.com/content/qhc/22/Suppl_2/ii65.full.pdf)診断エラーの多くは知識不足ではなくて情報を統合するところやシステムの問題で起こっているということを認識しましょう、というような話。以下の段落はふわっと診断エラーの総論。

 実際僕らが普段どうやって診療しているのかというと、多分主訴を訊いて問診と診察して検査前確率などを考えてスクリーニング検査をオーダーしたりしなかったりの判断を行い、その結果に応じて入院するとか帰宅で良いとか専門医に相談とか決める。で、診断どうしてるのっていうと実際に全ての鑑別疾患を網羅的にあげたり論理的に診断を組み立てたりすることは実際のところあんまりしてなくて、パターン認識(酒飲みが腹痛できたら急性膵炎かなとか、でっぷりしたオッサンが冷や汗流しながら胸を押さえていたらACSだなとか)とか最悪のパターンの除外(この頭痛は脳卒中でないなら帰宅できるなとか尿管結石疑いの人ですと言われたら大動脈瘤の切迫破裂は否定したいなとか)などで大体やってるよねみたいな話になる。また、dual process theoryなんていう立派そうな名前がついてる臨床推論についての考え方があって、パッと見これでしょみたいなやつがタイプ1(とかシステム1)か言われてて、それで無理だと分析的なタイプ2とかって言われているもので例えば診断好きな総合診療医が良くvindicateとかって言ってみたりするアレを使う。あるいは、そこまで時間ない時なら例えば右下腹部痛っていわれたら右下腹部に存在する臓器別に疾患を考えるくらいはするかもしれない。尿管なら尿管結石だなとか腸管なら虫垂炎憩室炎だなとか、腹壁なら腹直筋血腫とかACNESとか、卵巣なら腫瘍の捻転とか卵巣出血とかを考えるくらいはやるかもしれない。医者になっていきなりぱっと見で診断がつくわけもないけれど慣れてくるとシステム1が使えるようになって楽。実際は2つの思考を行き来するらしいけどそんな観念的で脳科学的に何も証明されてないものだろうし僕はそんなのどうでもいいと思ってしまうけれども、とにかく慣れると直感的にかなりの確率で正しくて早い診療ができるようになる。これは良いことが多いんどけどたまにピットフォールにハマってミスする。(1がいいとか2がいいとかそういう良し悪しの話ではない。また、2でミスが起こらないわけでもない)で、そのピットフォールにこんな感じでハマったよ、というのが診断エラーのセッションの目的だ、と私は思っている。

 ただ難しいのは、例えばHALT(ハラヘリ、angry、late、tired)と言われる状況でミスが多いですよと先行研究で指摘されてますと言われたところで、じゃあ当直明けは働かないようにしましょうとかそういうことは少なくとも私1人で論じたところで全然現実的ではない。また、100以上の何とかバイアスという御大層な名前を情報の統合のミスに対して名前をつけてそれを勉強したところで、診断エラーが減るという確固たるエビデンスがあるわけでもない(エラーの勉強でエラーが減るという報告もある)。勿論まだエビデンスのない良さそうな介入について、エビデンスがまだないことを根拠に特にデメリットもないのに行わない、というのは科学的な態度としても正しくない。なので、診断エラーについて勉強することはきっと無意味ではないはずだ、と私は信じている。

 僕はとてもありがちな診断エラー症例を発表した。何も発表するものがなかったから。また、ありがちなものの方が聴いている人もなるほどなと思うかなと。以下は私はこんなの出したよ、という話。

 ※個人情報の問題について:以下の話はネットで見られる学会の抄録(http://hgm20th.com/wp-content/uploads/2020/02/%E7%AC%AC20%E5%9B%9E%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%97%85%E9%99%A2%E7%B7%8F%E5%90%88%E8%A8%BA%E7%99%82%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E5%AD%A6%E8%A1%93%E7%B7%8F%E4%BC%9A%E6%8A%84%E9%8C%B2%E9%9B%86-20200221.pdf)の内容をほとんどそのまま転記したもので問題ないはずです。

 ショックバイタルで以前から黒色便があるらしい吐血患者が深夜に救急車でやってきて話を聞いたらNSAID内服してPPI内服してなくて採血したらBUN高値で貧血があり輸液に反応して大丈夫そうだなPPI入れて一応Blatchford scoreをつけて大丈夫なことを確認して、早朝まで放置して消化器内科医に内視鏡お願いしよ、と思って朝に電話したら入院時のルーチン検査のレントゲン(ルーチン検査だから見てなかった)でパンパンに膨れた腸管が写っていて普通に腸閉塞で嘔吐してマロリーワイスで、私が胃管入れなかったせいで誤嚥性肺臓炎になったごめんなさいというもの。

 他の人たちはみんな何だか難しい疾患の診断に難渋した話が多くて何だかなと思ってしまった。疾患についての説明もともすればエラーの分析以上に入っていて、このセッション何がテーマでしたっけ、というような……。あ、ちなみに吐血ときたら2次的なもの(絞扼性小腸閉塞、脳卒中で嘔吐してマロリーワイスとか)を考えるのは普通のことなんだけど、これを別に知らないから間違えるわけじゃないよねみたいな方が誤診症例としてはその構造を振り返ることが勉強になると思うのだけれどもなあ。血管内リンパ腫なんて診断がすぐにできないものでしょうそもそも、など思った。

 まあ良いです、良い。私1人、眠くてクソ誤診した症例をなぜか人前で口演で発表したマンになって恥ずかしいような気持ちにもなったけれど。良いのです、もう終わったこと。この手のケースはあまりにもありがちパターンなだけに、パターン認識でやっても本来なら誤診しないものなのでちょっと恥ずかしかったんですよね。研修医向け勉強会とかならアリ。

 ちなみに研修医2人も同じ診断エラーで出しており、ポスター発表やっていた。いたんだものを食べた後から下痢気味だった人を胃腸炎として帰そうとしたら絞扼性小腸閉塞だったとか(下痢→嘔吐の順番が胃腸炎らしくないとか嘔吐が噴水状だとか腹部手術歴とかたしかに後ろ向きに振り返るとまあそうかもって感じ)メンタルの意識障害疑いの生来健康な思春期マンが脳卒中だったとか(本当に怖い)私のよりもう少し勉強になりそうな内容で立派だなと思った。

 聞いていて面白かったのは、患者が虫に刺されたっていって3回救急外来受診して3回目でマムシ咬傷だと気がつかれたというもの。聴衆の中にマムシに詳しい先生がいて質問になぜか聴衆の先生が回答していた(ナニソレ)。マムシそのものを患者が見ていないと虫に刺されたって言ってくることあるけど、手を噛まれて手関節以遠まで腫れたり、よくみると2つ刺し傷があればマムシを疑いましょう、みたいな話が良かった。

 先日私はアシクロビル脳症の発表を何故かDM学会でやったので、帯状疱疹髄膜炎のポスター発表をしている研修医をみて微笑ましい気持ちになるなどしていた。帯状疱疹髄膜炎の診断って結構難しいと思うんですよね、何を以ってそう診断するんだろう。髄液VZV-PCRが頻用されるけれど、別に感度が高いわけではない。帯状疱疹髄膜炎は稀な合併症でガイドラインなどがないため単純ヘルペス髄膜炎に準じて治療する、というのが一般的である一方で、帯状疱疹患者に髄液検査で異常が見られることは稀ではないとの報告がある。この2つが同時に正しいとするなら、PCR陰性の帯状疱疹髄膜炎を見逃しているだけで、それでも問題のない症例が多いということを意味しているような気がする。薬剤性の無菌性髄膜炎の原因としてNSAIDsが有名(http://hospitalist-gim.blogspot.com/2018/03/blog-post_17.html?m=1)だけれども、帯状疱疹で内服するNSAIDsも影響して良い気がするし(これはかなり稀だろうけれど)そうなると本格的に帯状疱疹髄膜炎とは何なのか、という話になってくるように思う。

 今回は発表する人が多かったので、全然教育講演に行けなかったけどたまにはポスターを眺めるのも良いなと思った。大学の部活の先輩と後輩に会った。某有名総合診療科で勤務している先輩氏は尿路感染で細菌性髄膜炎を合併することがあり見逃し例が多い可能性がある(しかし見逃してもあまり予後は変わらないかもしれない)という発表をしていて面白かった。尿路感染でも髄液検査を考慮するシチュエーションがあるんだなというのは新鮮だったし、個人的には高齢者で意識の悪い肺炎患者に髄液検査を行うかどうかという悩みもあって(血液培養で肺炎球菌でも生えればやるだろうけれど、肺炎球菌は培養で生えにくい菌だから否定には使えないだろうし、意識がかなり悪いならやるしかないんだろうけれども、認知症とかあって熱があればまあこのくらいの意識でも良いのではと考えて行わない選択肢をとることが実際には殆どだ。侵襲のある検査だし忙しいし。)、この手の悩みはつきないなと。

 とにかく診断エラーの発表って恥ずかしいなと思って、もう2度とやらないぞと思いながら発表終わりに酒を飲んでいた。翌朝は二日酔いで、2度と酒を飲まないぞ、と誓ったのだが多分また飲むのだろう。二日酔いで太宰府天満宮にいった。

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酒はこりないけれど、診断エラーはもうやらないかな本当に。ちなみに太宰府で引いた御神籤では戌年で同い年か少し年上の女性と交際すべしと書いてあった。私は申年なのでこれは不可能である。来世に期待。