ぶたびより

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資産運用の話③理論株価の推定ー事業価値

■振り返り

企業価値を事業価値と資産価値の和で算出すること、資産価値の考え方について前回に述べた。資産価値について、換金しやすいものだけをとりあえず評価すると安全かもしれない。換金しやすい資産は流動資産と呼ばれる。これと投資そのほか資産を合わせたものだけを資産として考えて、ここから会社のもつすべての負債を引くことで資産価値を算出することができる。しかし、実際にはブランドのイメージや経済的な堀(新規に参入することが難しい独占や寡占されている業態)なども目には見えない資産価値である。なかなかそのあたりの定量的な評価は難しい。だから例えば、資産価値が企業の時価総額とほとんど変わらないにもかかわらず経済的な堀やブランドイメージがあるのであれば割安であることは間違いない。(もちろんこれは事業価値がマイナスでなければの話である。)また、土地等の含み益も考慮できると良い。土地はバランスシートに記載されている値段は簿価と呼ばれるが、実際にははるかに高額である可能性があり、有価証券報告書を見るとそれも確認できる。でも面倒ならここら辺は省いても良いかもしれない。流動資産+投資そのほか資産-すべての負債くらいでざっくり見るくらいから始めるとハードルが低いように思われる。

□資産の中身で売れない在庫が積みあがっていないかなども見られると尚良い。業績とも関連するのでいつか別の記事で書く。

■事業価値の評価

□事業価値には上記よりややアートな領域が入ってきて難しい。過去の業績は調べることでわかっていても、現在の企業の価値を決定するのは未来の業績であるためだ。教科書的にはディスカウントキャッシュフロー(DCF)法では事業価値を今後得られるフリーキャッシュフロー(FCF)の割引現在価値の総和として扱う。この教科書的でとっつきにくい一文を以下で説明していく。

□FCFについて話すためにはまずキャッシュフローについて知らなくてはならない。バランスシートは資産、損益計算書は事業の内容、キャッシュフロー計算書は事業等での実際の金銭の授受を書いている。実際の金銭の授受、なにそれ、となる。

□会計では、どうやら発生主義と言われる考えがあるようだ。例えばAがBに100万円の商品を売った場合、商品のお金が振り込まれなくても売買=金銭の授受の必要性が発生したことを以って損益計算書に100万円の商品を売って利益を出しましたと記載しなくてはならない。一方で、キャッシュフローは実際に入金された額を見ている。この差が重要になるのは事業をどんどん拡大している企業で、手元の現金がみるみる減っている場合に営業利益が順調に増えていても自転車操業である場合だ。大丈夫だろうかと不安になる。黒字倒産などで検索すると、不健全なキャッシュフローが続いて手元の現金がどんどん減っていって、のような例がでてくると思う。会計に詳しくないので細かいところが違ったらごめんなさい。

キャッシュフロー(CF)は3つに分けられる。営業CF、投資CF、財務CFである。営業CFは事業で稼いだお金である。投資CFは事業に必要な投資につかった現金である。新しい工場をつくったとかがそれにあたる。財務CFはお金を銀行から借りたとか返済したとか、その手のお金の動きである。借入金をゲットしたらプラスだ。営業CFから投資CFを引いた差をフリーキャッシュフロー(FCF)と呼ぶ。

□事業が健全で、すでに安定して軌道にのっていれば、FCFはプラスの状況が持続しているはずだ。FCFがプラスであるということは、稼いだお金の範囲内で事業への投資を行っているということで安全性が高そうに思われる。ただ、まさに今成長している企業では、新規店舗を立てるために一時的に投資CFが積みあがってしまうこともあるだろうし、営業CFを上回ってしまうこともあり得るだろう。個人的には安全域を大切にしたいのでFCFが安定してプラスであることを重要視してしまうが、成長株においては必ずしも当てはまらないかもしれない。また、単年度ではなく長期的にみるべきでいくら増収増益でもFCFがぜんぜんプラスにならないなら投資先としては選択しにくいという話になる。

□事業価値を推定する時には来年、再来年、さらにその翌年、とFCFを予測しなくてはいけない。一年目のFCFをFCF1と表記することとする。g毎年成長する場合について、FCF2=FCF×(1+g)である。ただし、これらの推定には不確かさが伴う。不確かさを定量化しなくてはならない。不確かさは割引率という。これは利息と同じ考えである。定量化の方法については後で述べる。

□例えば研修医が奨学金の返済に困っている。100万円を一年間かしてほしいと言われるとする。さらに、10%の確率でばっくれられるとしたら、90%×X円+10%×0円=100万円となるX円を返済してもらえるように利息を最低でも設定しないといけない。計算すると111万円が適切な1年後に返済をもとめる額である。一年後の111万円と現在の100万円が等価となる。これを小難しく言うと、「来年の111万円の割引現在価値は100万円である」となる。10%で返済してもらえない場合の利息rは0.1111……になる。(実際には金融所品であればここにリスクプレミアムが乗ることになる。)現在の100万円は未来の100×(1+r)円であるし、逆に未来の100万円は現在の100万円/(1+r)円である。

□FCFを来年同じだけ得られるかどうかは分からない。だから、これも借金の時と同様に不確かさを考慮しないといけない。FCF/(1+r)として現在の価値に割り引くことになる。ここで、先ほどの成長率を合わせて考えると、n年後のFCFn=FCF1×(1+g)/(1-r)となる。永遠の未来までのFCFの和を求める場合はこのn=1から∞までの和を求めると良い。これは、初項がFCF1、公比が(1+g)/(1-r)の等比数列のn=∞までの和であるから、懐かしの高校数学を使うだけだ。

★FCFの割引現在価値の総和=FCF1/(r-g)

と表現することができる。これで、あとはrとgの値をそれぞれ定量化できれば、事業価値の算出が可能になった。以下にそれらの定量化について書いていきたい。

□(おまけ)ただし、ここではrが一定であるという前提を置いている。永遠に成長し続ける企業など存在するだろうか。実際にはいつか成長が鈍るだろうから、成長期の企業の5年分ほどを予測して、5年後にはすでに成長しきっている同業他社の事業価値を参考に5年後の事業価値を決めることなどを行うことになる。他社との比較はマーケットアプローチなどと言われる。EV/EBITDA倍率やEBITDAなど複数の指標を組み合わせると良いかもしれない。このあたりの指標の説明はググるとすぐに出てくると思うのでここでは割愛。

□割引率はCAPMと呼ばれる方法で算出する。最初の時にリスクプレミアムについて書いた。あとは勉強したくなければ、インデックスファンドを買うと良いという話だ。個別株に投資するのであれば、インデックスファンドより投資成績がよくなくてはあまり意味がない。ある株の割引率(=期待利回り なぜなら先ほども話したように、割引率とは利息であるから利回りと割引率とは同じものである)はリスクのない運用先(大抵これは10年の国債などである)とマーケットリスクプレミアム(インデックスの割引率)の両方を考慮して算出される。

★株主にとっての個別株の期待利回り=無リスク資産の割引率+β×(マーケットリスクプレミアムー無リスク資産の割引率)

□βは指数との連動性である、指数に比べて値動きが半分ということは、リスクも半分だから、プレミアム(割引率)も半分だ、という解釈で良いだろう。βが小さい方が投資先としては安心感があるので、利回りは下がるということだ。βの値の算出方法はまだ残念ながら調べていないので気になる人は各自で調べてほしい。でもざっくりとしたイメージはそんな感じだ。楽天証券の指標のところで出てくる。また、ロイターの株のページからも見ることができる。

□現状で日本においては10年国債の利回りはほぼ0なので、これはゼロとして計算して良い。マーケットリスクプレミアムは、大体7%程度のリターンが平均的であるようなので(意外と大きいね、でも利回りが大きいということは、DCFの分母が大きくなるということなので、事業価値が小さくなるということだから、厳しめの計算になる。そして安全域を取るという点においては厳しく算出することは悪いことはない。ざっくりと計算するときは厳しめに計算した方が良い。厳しめに計算しても割安であればそれはかなり割安である。)

□しかし、これは株主にとっての期待利回り(株主資本コストとも言う)である。会社にお金を出しているのは株主だけではない。銀行などもお金を貸している。ここでWACC(加重平均資本コスト)という概念が出てくる。

★WACC=(支払い利息/有利子負債)×有利子負債/(有利子負債+株主資本コスト)×(1-実効税率)+株主資本コスト(CAPMで算出する)×株主資本/(有利子負債+株主資本コスト)

実効税率を引くのは負債の分は節税になるから、ということらしいのだが、ごめんなさいここは詳しく説明できない。それ以外については、銀行から借りているお金の分については銀行の利息を、株主の出しているお金の比率については株主の期待利回りを適用しましょうという話なので、そんなに難しい話ではない。

 

■事業価値推定の困難さ

□DCFを使うと確かに尤もらしく事業価値を推定できるのだが、成長性の見積もり(毎年同じ割合で成長することなど実際あり得ないだろう)や成長が落ち着いた後の企業価値(ターミナルバリュー)の設定が結構難しいことに気が付くと思う。グロース株と呼ばれるものに積極的に投資を行っていない理由に不確かさが大きいものに賭けをしたくないから、というものがある。成長率の低いものの底堅い需要が長く見込まれる企業であればこの点はあまり問題にならないだろう。また、資産価値だけでほとんど時価総額をカバーしてしまう状況であれば、事業価値数年分+資産価値で時価総額を上回ることもあるだろう。そういった場合には自信をもって割安であると言える。どうしても投資先がそのような企業に偏ってしまう。Twitterの投資家界隈や、大株主で私と同じような企業の株を持っている人が一定数存在するが、それらの人々は多分私と同様の考え方なのだと思われる。

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■まとめ

★DCFについて:事業価値=FCF/(r-g)

CAPMについて:株主にとっての個別株の期待利回り=無リスク資産の割引率+β×(マーケットリスクプレミアムー無リスク資産の割引率)

★WACCについて:株主と銀行などの期待する利回りの加重平均(これをDCFのrに代入する)=(支払い利息/有利子負債)×有利子負債/(有利子負債+株主資本コスト)×(1-実効税率)+株主資本コスト(CAPMで算出する)×株主資本/(有利子負債+株主資本)

※r=割引率 g=成長率

※無リスク資産のリスクプレミアム=10年国債の利回り=0

※実効税率=30%で計算することが多いようです

※これはエンタープライズDCF法とよばれる手法で、金融関係の企業の事業価値を評価する場合にはエクイティDCF法と呼ばれる別の手法が使われています。これはまだあまり勉強してないのでここでは扱いませんでした。

※DCFだけではなくて、マーケットアプローチとかマルチプル法などと言われるもの、EV/EBITDA同士での比較など組み合わせて評価して企業価値に幅を持たせることが多いと思われます。あとはここに書いたように5年分くらいの事業価値を算出して残りのターミナルバリューはマルチプルで出すとか。

※結局企業が内部にため込んだ資産価値なんて個人投資家の株主には関係ないよ、という人には配当割引モデルなど別の手法が良いかもしれない。結局複数の手法があってどれにも正当性があるからこそ、自分にとって不適切に安いと思われる株価が存在する。