ぶたびより

酒を飲み、飯を食べ、文を書き、正解を生きたい

ペニシリンアレルギーの話

勉強したら追記していきます

 

 結構ペニシリンアレルギーで困ることが多くて、ふわっとした病歴で、絶対にTENやSteven Johnson、DIHSのような重症なものでなく、「あたまがふわふわした」とか「嘔吐した」とかそういうアレルギーとしてはぱっとしない病歴で皮疹もなくて1型アレルギーとしても典型的ではないな、という症状の場合にはペニシリン以外のβ-ラクタム系ならば良いかな、という方針で診療していた。じゃあ皮疹はでたけどペニシリン系抗菌薬によるものかどうかは不明とか、明らかな膨疹だとかだとどうなのだということや、セフェムなら良いのかとか、こういう時はカルバペネムもやめておこうかなとかははっきりしない。また、自分の診療が正しいのかどうかというと今一つ自信がなくて、周りに聞いてもうーんはっきりしないなら意外とホンモノのペニシリンアレルギーは少ないっていうし使ってもええんやない、ぼかあセフェムくらいにしているな、とかザックリした正しいのかどうか分からないことを言われるだけだった。そんなこんなで、いつもなんだかもやもやしていた。先日、院内勉強会の症例発表で普段は研修医が担当することが多いのだが、なぜか僕に打順が回ってきたのでペニシリンアレルギーのお話を調べることにした。あとちょうどTwitterで偶然JAMAにペニシリンアレルギーのレビュー論文が出たよというツイートを見かけたから。

 どうやら一般に、市中の人々では 7-10%でペニシリンへのアレルギー歴を申告しているようで、これが入院患者になると20%もの割合で申告するらしい。じゃあこんなにたくさんの人に本当にペニシリン系を避ける必要があるのかというと、まあもちろんそんなことはなかったりする。実際いわゆる自称ペニシリンアレルギーの人々のうち、90%の人々は実際にはペニシリンの使用は問題ないとされている。また、自称ペニシリンアレルギーの方で皮膚反応試験で陽性となる患者は 1-8%に過ぎない。(これについて、皮膚反応試験の感度特異度はどうなんだという話も当然でてくるだろう。つまり、皮膚試験で陰性なら除外して良いのか、あるいは陽性であれば今まで申告されていなくても避ける必要性があるのか、という話。これについては後述するが、本質的にはd-dimerが陰性なら肺塞栓を除外してよいのかとか、インフルエンザ迅速検査が陰性ならインフルエンザではないのかとか、そういうのと同じだ。検査前確率抜きにある検査があらゆる場面で有効かどうかを考えるのは、そもそも問いの立て方が誤っている。)

 ペニシリンアレルギーについて、実際の有病率との差が大きい理由としては、下痢や嘔吐などの副作用や服薬と関係ない偶然の出来事をアレルギーと患者本人が誤認し、実際の症状がどうたったのかということを確認されないままペニシリンアレルギーとして処理されているという説がある。まあ確かに抗菌薬内服すれば下痢にもなろう。また、アモキシシリン内服で結構嘔気・嘔吐がでることがあるようで、これも別にアレルギーではないのだがそんなの患者はわからんだろう。患者の申告数に比較して実際には有病率がより少なく、これら全ての患者のペニシリン系抗菌薬やセファロスポリン系抗菌薬、またカルバペネム系抗菌薬を避けることは現実的ではなく、コストの問題や抗菌薬の適正使用の観点からも問題になっている(というのだが僕としてはそこで考えることが大変、何かprediction ruleみたいなものはないのかな、と思ってしまう)。(1.2)

 初診の患者の自称ペニシリンアレルギーの場合には、どこまで避けるべきなのかを判断することがその場で求められるのだが、手元に診療アルゴリズムがないと、そこで外来がストップしてしまうこととなり困ってしまう。Suzanneらがペニシリンアレルギー疑いの患者に対して、まずはアレルギー 歴の問診を実施し、アレルギーらしさと重症度、アレルギー専門医がいるかどうかで投与をどこまで避けるべきかを決定するアルゴリズムを提案していて、個人的にはこういうのを使うとひとまず対応できて良いのかなと思う。実際には僕の冒頭で述べた診療スタイルと大きく変わらないのだが、やはりえらい先生のレビュー論文といった後ろ盾があると嬉しい。

 具体的には、アレルギーらしさに乏しい下痢や嘔気のみの病歴である場合にはペニシリン系も使用可能とする。次に曖昧またはアレルギーらしい病歴でアレルギー専門医へのコンサルトがすぐにできない場合(このパターンが特に救急外来では殆どだろう)にはアレルギー歴の重症度によって、重症であればβラクタム系全般を避け、軽症であればペニシリン系のみ避けるというおおまかな初期対応となっている。(2) このアルゴリズムに乗るためには自称ペニシリンアレルギーの病歴がある場合にはより詳細に病歴を聴取しなくてはならなくて面倒といえば面倒だし、詳細な問診ができるのはある程度病状の落ち着いた人に限られるだろう。(あと、敗血症性ショックに関して言えば、ややアドバンスだけれど、詳細な病歴聴取が困難なことが多いし、急いで広域抗菌薬をいかなくてはならないのでペニシリンアレルギーだった時のフォーカス別の抗菌薬もあらかじめ決めておいた方が良いでしょう、という話を以前『ただいま診断中』のSKMT先生がしていた。考えている時間がないものはなるべく覚えておくべきなんだけれど、ペニシリンアレルギーとかになると自称の有病率の多い割にあまり大々的に扱われないテーマである印象で、研修医時代には先に痙攣重責の初期対応とかACS脳卒中初期対応を暗記することがどうしても優先になってしまうのは仕方ないかなと言う気もしている。)実際ひと手間あって面倒だけれど、病歴を聴取しておけば、今後永遠にペニシリン系抗菌薬を避けなくてはならない状態から開放されるし、次回救急外来出会った医師が抗菌薬の選択に頭を抱えることがなくなるかもしれない。(4)

 何をきけばいいんだということについて、具体的には、量や使用期間、投与から症状出現までの時間、どのような症状が出現したか、投与経路、皮膚反応試験などの試験歴があるか、ペニシリンアレルギーへの治療に反応したか、その症状が出現した 時に他の薬を使用していなかったか、他の抗菌薬への反応はどうかを問診しましょうと言われているよう。(1.2)

以下に文献(1)の表とその解説のざっくりとした拙訳を示す。一応、ここに示す文献(1)が最新版のレビューだし、権威に従順な僕はJAMAとか書いてあるとすぐに信じてしまう。孫引きはしていないので、この記載がどの程度確からし臨床試験に基づいて決定されているのかは僕には判断が付かないことを申し添えて置く。

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■それっぽくない時とその対応

病歴:アレルギーらしくない症状単独(胃腸症状、頭痛)、発疹を伴わない皮膚掻痒症、10年より前のエピソードでIgEからみの症状(かゆいとか、あかくなったとか、蕁麻疹、血管浮腫といった皮膚症状、鼻炎、喘鳴、呼吸困難といった呼吸器症状、心血管系の症状、消化器症状)ではない。(僕の個人的なコメント:しかし胃腸症状がここでどちらにも挙げられているのは一体何なのだ? アレルギーっぽい胃腸症状かどうかという話なのかな)

対応:使用可、患者希望で観察下に経口のAMPCチャレンジ実施してみても

■中等度それっぽい時とその対応

病歴:蕁麻疹、またはそれ以外の掻痒感のある皮疹、IgEからみの反応を示唆するエピソードがあるがアナフィラキシーの病歴ではない。

対応:皮膚試験後、陰性ならAMPCチャレンジ。アレルギー専門医への紹介を検討。

※ただし、ここに当てはまるとしても安定していない患者や妊婦に対するペニシリン投与はハイリスクに準じて考える

皮膚試験が陰性の時、この場合には95%の確率で投与が安全と言え、これに経口のAMPCチャレンジを組み合わせると100%安全とされる。皮膚試験が陽性であれば、この場合には経口負荷試験は行わない。

■ハイリスクっぽい時、その対応

病歴:アナフィラキシー、皮膚試験陽性、再発歴あり、複数のβラクタム系に反応する。

対応:アレルギー専門医に紹介または脱感作を行う。

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 あと気になるのは、上で少し触れた敗血症性ショック+ペニシリンアレルギーの状況だろう。おそらくここで書いたリスク別対応ではハイリスクっぽい人にあたるのだと思う。(1)の文献には緊急時の対応の記載には乏しいから、(2)を参考のそれっぽさに応じて、ペニシリン以外のβラクタムなら可とするか、すべてのβラクタムを避けるかどうかを考えるべきだろう。個人的にはここでのアズトレオナムの立ち位置はよくわからない。Ⅰ型であれば避けた方が良いという記載をどこかで見かけたような気もするが自信がない。知っている人がいたら教えてください。

 上の症状についての追記として、出現までの期間や症状がアレルギーらしいかについては、ペニシリンアレルギーの症状について知らないとそれっぽさも分からないだろうからざっくりと説明。教科書的な知識で面白くないのだが、ペニシリンアレルギーも他のアレルギーと同様に、Ⅰ~Ⅳ型 に分けられる。Ⅰ型アレルギーは暴露後 1時間以内に症状が出現する。Ⅰ型アレルギーといって僕らが嫌だなと思うのは最も重篤アナフィラキシーだと思うのだが、ペニシリンによるアナフィラキシーの可能性は 0.01~0.05%とされていて、そんなに高いわけではないし、死亡に至る可能性に至っては 0.001~0.002%と非常に稀。さらに一度アナフィラキシーがあったとしても 10 年後には 20%程度しか残っていない。ハイリスク群にはなってしまうけれど、一度アナフィラキシーになったから実際に使用するとまずいかというとまた別問題のようだ。また、II 型~Ⅳ型のアレルギー(溶血性貧血、免疫複合体が関与する血清病、糸球体腎炎、血管炎、多形 紅斑、Stevens-Johnson 症候群や中毒性表皮壊死症、薬剤性過敏性症候群)の既往がある場合にはペニシリン系薬剤の投与は禁忌になる。が、これは言われるまでもないかなという気もする。Ⅱ~Ⅳ型に関してはどれも投与後数日以降に現れる。ペニシリンアレルギーの危険因子とされるものには、非経口投与・局所投与、他の薬剤に対するアレルギー歴、ペニシリンへの暴露歴が多いことなどが挙げられる。(3) American Academy of Allergy, Asthma, and Immunobiology の提言では、ペニシリンへのアレルギー 歴のある患者への皮膚試験の実施が安全性、治療の転帰や治療コストの削減に有用であることから推奨されている。(4)一方で、本邦においてはかつてすべての抗菌薬投与患者に対する皮膚試験を行なうことが推奨されていた。しかし、このルーチン検査により「多数の偽陽性例が発生しているものと推測され、多くの 感染症患者が適切な抗菌化学療法の恩恵に浴する機会を失っていたものと推測された」との見解が示され、厚生労働省が同様の勧告を出し、国内の皮膚試験薬剤の販売が中止になった経緯があるよう。(5)ただ、この国内外の推奨の格差は当然、検査自体の不備によるものではないだろう。どんなに優秀な検査も偽陽性率は検査前確率に依存するために、これはおそらくルーチン検査としたことが問題だったんでしょうね。(このあたりについては以前の記事を:セワシ君、イマ・ココ、ツララとインフルエンザなどに関して - ぶたびより)少なくとも僕の病院では、あまり皮膚試験は行なわれていなくて、この現状にはかつての無駄に頻用されていた検査からの過剰な揺り戻しがあるのではないかなと思っている。 検査の感度特異度が良くても、検査単体で確定診断をしようとするといけてないことになってしまう例は多い。インフルエンザは流行期でそれっぽい人には偽陰性が問題になるし(本当に問題になることは少ないだろう、なぜなら健康な成人におけるインフルエンザはそもそも自然治癒するから抗インフルエンザ薬の適応にならないからだ。しかし僕はこの話をするたびに、感染症内科の青木眞先生が健康なインフルエンザ患者に対して唯一抗インフルエンザ薬の処方を勧奨したのが自分がインフルエンザに罹患した時だった、というエピソードを思い出す、本当はどうかは知らないけれど。)実際には、皮膚試験も上記に示したように、リスクを層別化して皮膚試験を行う対象を絞り込むことが大切なんでしょうね。肺塞栓や大動脈解離をあんまり疑っていない時にd-dimerが陰性なら否定できるとか、そういうのと同じ話だ。検査前確率を決めるには病歴と身体所見しかない。そういえば、12月に僕の数少ない友達でドチャクソ優秀な研修医が神奈川の病院でAll Nippon Physicalという身体所見の勉強会をやるので是非興味のある人は参加してみてくださいまし。URLを貼りたいのにコピーしても貼れない!! キレそう!!!

 

【参考文献】

(1)Erica S. Shenoy et al: Evaluation and Management of Penicillin Allergy. JAMA. 2019;321(2) 188-199.

(2)Suzanne S. Teuber et al: Overview of penicillin Allergy. Clin Rev Allergy Immunol 2012;43 84-97

(3)Torres MJ. Et al: The complex clinical picture of beta-lactams, carbapenems, and clavams. Med Clin Nourth Am. 2010 Jul;94(4)805-820

(4)Joint task Force on Practice Parameters, American Academy of Allergy, Asthma and immunology, American College od Allergy, Asthma and Immunologu, Joint council of Allergy, Asthma and Immunology. Drug allergy: an updated practice parameter. Ann Allergy Astma Immunol. 2010 Oct;105(4):259-273

(5)日本化学療法学会雑誌 2003 Aug;51(8) 497-506